ポポーの誕生
ちょっと壮大なお話におつきあいください。
昔々、今から6,500万年前、被子植物が出現し、始祖鳥が空を飛び恐竜が地球を闊歩していた時代です。そして6,550万年前、巨大隕石が地球に落下してほとんどの動植物が絶滅しました。
5,600万年前には鳥類ほ乳類が繁栄し、今の動植物の基礎が出来上がりました。それまで一つの大陸、超大陸パンゲアは分裂を始め、ユーラシア・アフリカ・南アメリカ・北アメリカ・インドなどの大陸があり、オーストラリアと南極はまだ一つの大陸として南半球にありました。
©JAMSTEC, www.jamstec.go.jpより
そしておよそ5,600万年前の北アメリカ大陸は今とはずいぶん違って、ヤシの木は大陸の中心から現在のアラスカまで繁栄し、ワニは北極圏まで住んでいました。 巨大なナマケモノ、マンモス、、さまざまなひづめのある哺乳類、活火山、古代のシダもありました。
そしてポポー。ミシシッピ川やニュージャージー州などの様々な場所から、化石化したポポー果物やその他の遺物を含む考古学的証拠が発見発掘されて、5,600万年前には北米でポポーが実っていたのがわかります。もちろんまだ日本列島なんて存在しません((笑))
ポポーは日本原産!!??(笑)
そしてビッグニュース!!
日本列島はできてないんですが、被子植物の進化を研究している新潟大学の高橋正道教授は、福島県広野町の双葉層群(有名な双葉首長竜フタバスズキリュウが発見された地層)の約8,900万年前の地層でポポーの先祖の化石を見つけました。日本は火山が多く地表が火山灰に覆われているため、植物化石の発掘には向かないと言われていたので、これは非常に珍しいことでした。(大型放射施設spring8の研究論文より。以下の写真はそこからお借りしました。)
spring8
白亜紀バンレイシ科花化石のCT断面像
spring8より
白亜紀バンレイシ科花化石のCT断面像
spring8より
CTデータに基づくバンレイシ科花化石のイメージ像
約8,900万年前の日本では、ポポーを恐竜が食べてたんですね。北米でもさらに研究が進むと、北米でのポポーの歴史がかわるかもしれません。
さて話を5,600万年前の北米に戻します。メガファウナと呼ばれる巨大動物など、これらの先史時代の巨大動物相ポポーを食べ、移動する事によってポポーの生育範囲を広げました。また 気候が暖かくなり、また冷えるにつれて、古代ポポーの木がさまざまな緯度に広がることを可能にしました。 大きくて肉厚で甘い果実は、その多くの大きな種子とともに、北米の様々な場所で繁殖しました。
メガファウナ
Adbe Stock
ポポーの広がり
人類がついに北アメリカに到着したとき、彼らもまた大量のポポーを食べていました。 ポポーの種子やその他の残骸は、初期のネイティブアメリカンの遺跡で発見されており、大量に濃縮されており、果物の季節のごちそうを示唆しています。
砂漠であろうと険しい丘であろうと、初期のネイティブアメリカンはポポーを大いに活用しました。 ネイティブアメリカンは、北米でポポーの範囲を拡大しました。ネイティブアメリカンはミシシッピ川のはるか西、現在のカンザス、ネブラスカ、オクラホマ東部、オンタリオ、カナダ、ニューヨーク西部にポポーを持ち込みました。
ネイティブアメリカンにとってのポポーの重要性について学ぶことはまだたくさんありますが、歴史的な確実な記録はほとんどありません。 しかし、現代の地名からポポーの広がりを示す手がかりがあります。
たとえばルイジアナ州では、ナキトシュの町は「ポーポーイーター」と訳され、ポーポーナシトッシュと呼ばれる地名に由来しています。ジョージア州では、アルコヴィー山を含むさまざまな場所にアルコヴィーという名前が付けられています。 アルコヴィー川、および2つの別々の町。 Alcovyは、クリークの地名Ulco-fau-hatcheeの一部であるUlco-fauに由来し、「ポーポーシキット川」を意味します。
NealPeterson
Pawpaw in Search of America’s Forgotten Fruitより
今日、Paw Pawという名前の町は、イリノイ州、インディアナ州、ケンタッキー州、ウェストバージニア州、ミシガン州、カンザス州に存在します。 次に、ミシシッピ川にあるポーポー島があります。 チェサピーク湾のポーポーコーブ。 オハイオ州のポーポー墓地。 テネシー州のポーポープレーンズ。 何百ものPawPaw Roads、Streets、Avenueは言うまでもありません。これらの例は、ポポーが非常に豊富で有用であり、場所や人々でさえそれらにちなんで名付けられたことを示しています。
ポポーの栽培の始まり
歴史的に、ポポーはネイティブアメリカンが森から淘汰した多くの果物の1つでした。 初期のヨーロッパ人入植者にとって、野生のポポーは好奇心の対象であり、時には重要な食料源でもありました。 有名な博物学者ウィリアムバートラム(William Bartram)が書いたバートラムの旅では、葉、花、果物のスケッチを添えて、さまざまな種類のパパイアやポポーが説明されていました。 数十年前、ウィリアムの父、植物学者のジョンバートラムは、1736年に、ヨーロッパにポーポーの種を送った最初のアメリカ人の1人でした。(文献に初めてpawpawの名前が登場したのは1624年以降という節があります。)
このように広がった野生のポポーでしたが、20世紀のある時点でポポーは世間から姿を消したようです。
かつては地元の市場でポポーが広く販売され、地域の新聞でも野生作物の品質について報道されていましたが、ポポーが北米で栽培されることはありませんでした。 理由は、野生のポポーは貯蔵寿命が短すぎ、市場の需要を満たすには壊れやすいということです。 また、野生のポポーは(今の栽培種も同様)根から盛んにサッカーを伸ばして繁殖するため(根が地中を延びてはなれた場所に芽を出して繁殖するため)、実や種は重要ではなく、不作豊作の差が大きいものでした。さらに世界的な食料システムの台頭により、トロピカルフルーツ(バナナ、パイナップル、最近ではマンゴーやアボカド)の出荷が容易になったため、ポポーの需要が減少しました。
NealPeterson
Pawpaw in Search of America’s Forgotten Fruitより
しかし、多くの果樹とは異なり、ポポーは害虫の影響をほとんど受けず、有機栽培が容易であるため、有機栽培の農家はポポーへの関心を示していました。 また、ポポーは栄養価が高いため、健康志向の食生活者の関心を集めています。
科学者たちは、樹木内で見つかった特定の化合物である非酢酸アセトゲニンが、これまでに発見された中で最も強力な癌と戦う物質の1つであることを示しています。
そして現代。1916年、アメリカ遺伝学協会は、アメリカで最高のポポーを見つけるためのコンテストを発表しました。 コンテストの目的は、優れた野生のポポーの遺伝子を収集することでした。そこから、本格的な科学的繁殖実験が始まりました。ポポーのターニングポイントです。
NealPeterson
Pawpaw in Search of America’s Forgotten Fruitより
栽培種と野生種
フランク・ケッター夫人によって提出された受賞歴のある果物は、州の最南端にあるオハイオ州ローレンス郡の丘から摘み取られました。 それは完璧な状態で到着した、と協会は報告した。 「肉は中程度の黄色で、マイルドですが風味が非常に豊富で、味気ないものでも、まとまりのないものでもありません。 果肉の量と質、そして果実の優れた出荷と熟成の質により、これは非常に望ましい品種になっています。」
現在の富士町ポポー「ぽほりん」の誕生
コンテストでの品種の採取から、栽培品種としてのポポーの品種改良が進みました。残念ながら当時の原種や品種改良された苗は現在は残っていません。
当時の品種リスト
富士町のポポーのルーツは熊本です。そこで当時、北米から輸入されて販売されていたポポーの品種を特定する作業を始めました。すると、ケンタッキー州立大学のCrabtree, Sheri 氏から嬉しいメールをいただきました。その一部です。
「Hello Tinita,
Unfortunately all varieties from that time have been lost or extinct. The earliest currently available cultivars are Middletown from 1915, and Taylor and Sweet Alice from the 1930s. Here is a list of early pawpaw varieties, so it is likely one of these, unless it was a seedling rather than a cultivar. https://www.growables.org/information/TropicalFruit/PawpawPeterson.htm .」
つまり富士町ポポーのルーツは1915年のミドルタウン種と1930年代のテイラーとスウィートアリス種、この中にあるだろうというのでした。 いずれも野生のポポーの特徴を残した品種です。
そこでおさらい。まずグループ夢見るぽぽりんは、優秀な改良品種を求めているのではなく、自然に近い懐かしいポポーを求めている事。さらにはポポーでの一人勝ちを目指すのではなく、地域の新しい産業の育成を目指している事。だから自然種に近い無農薬無肥料自然栽培できるポポーを求めています。無農薬無肥料自然栽培、なんて言葉はかっけーけれど、ようは不揃いでも自然なポポー、型ぞろいの大きなものより、その年のコンディションに合わせた、お年寄りでも楽に栽培できるポポーが理想なんです。
竹下夢二が描くポポー(笑)(笑)
無農薬無肥料自然栽培=ほったら農法(笑) 自然種に近い=ポポー本来の力を信じる、実のつき方が不揃い=それぞれに合わせた商品開発、です。
少なくとも8,900万年前から進化を続けたポポー。ポポーはコロニーを形成して常に他のDNAを取り込もうとしています。そして自然環境に合わせた淘汰と変化。ミドルタウン種とテイラーとスウィートアリス種は熊本・富士町・脊振山麓と長年にわたって続いている栽培によって、独自の適正を持ったのかも知れません。
はい、富士町ポポー品種に関するひとまずの結論。私たちのポポーの品種は確定、確認、登録された品種ではなく、みんなで育てる自然栽培ポポー、品種愛称「ぽぽりん種」のような気がします。
このページの最後に、貴重な資料や論文を提供してくれたCrabtree, Sheri 氏、Neal Peterson氏にこころより感謝の気持ちを伝えます。ありがとうございました。
追加/本文中でpawpawの名称がポポーとポーポー混雑していますが、当時はどちらも使われていて、採用資料に忠実に再現しています。